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目利きが語る“私の10冊” 第21回 原広司 レポート

2012年6月27日(水) ヒルサイドライブラリー

 建築家・原広司さんのお話は、「本は私にとって大切なもの。今日は私が選んだ10冊の本についてお話ししますが、じつは1冊の大きな本のことを話しているように思います」という言葉からはじまった。

 原さんの空間の探求において転機となったのは、1970年に始めた世界の集落調査だった。アルジェリアの町ガルダイアにはじまり、もっとも最近に調査したイエメンまで、世界各地の集落の空間を探り、その構造を記述するためにさまざまな本に触れたという。

原広司

 世界を把握し記述するための方法は、紀元の前後に著された2冊の本に示されている。ひとつは、アリストテレス『形而上学』の弁証法であり、ある存在とその存在の否定を対置することから存在の本来あるべき姿を導く。もうひとつは龍樹『中論』の非ず非ずであり、否定、否定の否定、否定の否定の否定と併置していく。弁証法が直線的な、科学的に事実を探求する方法であるとすれば、非ず非ずは水平的で、世界を無限にひらいていく方法といえ、世界はこのふたつの方法の組み合わせで成り立っている。
そして、現在の世界に決定的な影響力をもっているのが、20世紀の初頭にミース・ファン・デル・ローエが描いたガラスのスカイクレイバーである。世界を波ととらえる考え方と粒子ととらえる考え方のギリシャにはじまる対立が統合された、「近代」の到達点で生まれた均質的、抽象的な空間概念であり、今なお世界の空間を圧倒的な力で支配している。

原広司

 原さんが選んだ10冊とは、この重要な2冊とミースの1枚の絵、それと世界の集落を記述し、均質空間を乗り越える空間を構想するための概念を示す文学作品であった。
『アラビアンナイト』の漁師と悪魔の寓話にみられる「全てのものに全てがある」という思想は、やはりイスラーム思想の流れを汲んでライプニッツが説いた「モナドに全てが含まれる=予定調和」とつながる。この考え方に原さんの故郷飯田の風景が重なり、谷間に都市を埋蔵する「粟津邸」「原邸」などの反射性住居が生まれた。

 断片化された世界のすべてを433行の詩に凝縮したエリオット『荒地』に数回現れるフレーズ unreal city (本気になれない都会)に着想を得た「京都駅ビル」。空中都市ラピュタに表された「空中庭園幻想」を具現化しようとした「梅田スカイビル」。ロートレアモン『マルドロールの歌』の有名な一節「手術台の上のミシンとこうもり傘」から出発したシュルレアリスムを経由してレヴィ=ストロースが導入したブリコラージュの手法は、ロートレアモンの故地、南米モンテビデオで構想した低所得者向け実験住宅のプロジェクト(discrete city=離散型都市)に結びつく。

原広司

 モンテビデオの対岸ブエノスアイレスに生きた文豪ボルヘスの小説『エル・アレフ』は、宇宙空間の総体を内にもつ小さな球体「アレフ」を主題とする。「アレフ」はユダヤの神秘学カバラの概念で、無限を意味する。原さんによれば、無限には自然数の無限、実数の無限に加えて、関係の無限がある。この関係の無限を見事に描いたのが大江健三郎が連綿と書きつづける「四国の谷間」の文学であり、それらの物語の舞台となる土地で原さんが手がけた「内子町立大瀬中学校」は、関係の無限を生みだす谷間の特異点を建築に落としこむことで設計された。

 古今東西の名著を引き、自身の代表作を例として紡がれる原さんの思考は、時空を軽妙に飛びこえ、多様で複雑な空間の概念を織りなしていく。まさに世界のすべてを包みこむ1冊の本を編む現場に立ち会うような、濃密な時が流れる1時間半のレクチャーだった。

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