RELAY ESSAY

駅舎の思想 RELAY ESSAY 013

池内 紀

Date : 2013 / 01 / 08

 ひところまで旅行中に必ずすることがあった。目的地の駅に着くと、まず駅前に出る。やおら振り向いて駅舎を写真にとる。ついで駅にもどり、天井や床や壁をザッと見て、おりおりはカメラに収める。しめくくりは駅舎を背にして駅前通りをパチリ。以上をすませて、ようやく目的地での旅が始まった。

 きっかけは国鉄時代の奈良駅だった。大阪・天王寺から法隆寺経由で奈良に着き、改札を出たとたん、「オヤッ」と思った。天井がやたらに高いのだ。足をとめてよく見ると、大きな吹き抜けになっており、ドッシリとした円柱はベージュ色の装飾タイルで覆われている。床にはシャレた幾何学模様のタイルが張りつめてある。外に出て気がついたが、駅舎全体がモダン寺院のようなつくりになっていて、屋根に五重塔のような九輪がのっている。外装にはバーミリオン色のスクラッチタイルにテラコッタがあしらってある。何かと似ている気がしてならず、しばらくじっとながめていて思い出した。東京・九段にある九段会館とそっくりである。旧軍人会館であって、戦前の「帝冠様式」の代表作とされるものだ。モダンな建築様式が寺院スタイルに応用されているなんて、夢にも思わなかった。

 以来、駅舎に興味をもつようになった。旅行者は目的地に着くと、予定が気になり、降り立った駅舎など一顧だにしないものだが、頭を切りかえて、駅自体を一つの見ものとしたワケである。

 考えてみると、まんざら根拠がなくもないのだった。鉄道という文明を迎えるにあたり、いかなる駅舎とするか、土地の人には大問題だったはずである。なろうことなら乗降のための実用性をこえて、地域を象徴的にあらわすものであってほしい。はじめてやって来た人に、まっ先に街のイメージを伝える役まわり。つまりはメディアとしての駅舎である。

 おかげで、いろんなおもしろい建物と出くわした。社寺スタイルにかぎっても、善光寺のお膝元の長野駅、出雲大社の門口にあたる大社駅、那智大社へ通じる那智駅、建築家村野藤吾が基本設計したという近鉄・橿原神宮前駅、ケーブルでのぼりつめたところの南海・高野山駅……。旅行ごとに風変わりな駅のアルバムがふくらんでいく。街のことは忘れたのに、駅舎だけは鮮明に覚えているケースも出てきた。

 もとより旅行にかぎるまでもないことなのだ。都内の用向きにも応用できる。赤レンガの東京駅をはじめとして、足をとめて見とれるような駅舎が方々にあった。房総の出発駅・両国駅、学園都市を控えた中央線国立駅、ドイツの小さな町に来たような東急・田園調布駅……。

 高級住宅地・田園調布の開発にあたっては、名前が示すとおり田園都市の思想が基盤になった。そのことはよく言われる。大正から昭和初年にかけての一九二〇年代のことだが、私鉄沿線につぎつぎと郊外住宅地が誕生した。成熟してきた都市住民はおシャレな洋風を好みながら、田舎へのノスタルジアも抱いている。モダニズムの一方での田園趣味であって、イギリスに始まる思想が、日本の大都市近郊に個性的な町づくりをした。応じて駅舎も特徴のあるスタイルが採用された。

 おもえばいい頃合いに駅舎巡りをしたものである。おりしも1970年代に始まる経済の高度成長ただなかで、日本中が浮き足立っていた。古いものは時代遅れで、新しいものならなんだっていい。旧来の瓦屋根に白壁の美しい民家や、土蔵づくりの重厚な商家が惜しげもなく引き倒され、新建材の安っぽい家並みに変わっていった。この時期にニッポンの風景は一挙に途方もなく醜くなった。

 そんななかで駅舎だけがポツリと残っていた。車社会の到来とともに国鉄・私鉄とも乗客減に苦しみ、とても駅舎まで手がまわらない。屋根は半切妻のカブトづくり、軒にシンプルなアーチがあって、扇形の窓にステンドグラスがはまっている。よく見ると味わい深い瀟洒な建物なのに、タイルは汚れたままで、スペイン壁に落書きがされている。やがて国鉄がJRに模様替えされ、私鉄の統廃合があいつぐなかで、旧来の駅舎が急速に姿を消していった。手製のリストを見ていくと、頭に×がつづいている。「現存せず」であって、たまに○があるだけ。□は「移築・保存」のしるしだが、ほんのわずかだ。保存の声があがったころはたいてい手遅れで、更地に古材がちらばっていた。

 JR系のエキナカにみるように、現在の駅舎は思想ではなく、ひたすら商売である。駅が脂肪太りのように肥大して、みずから称するとおり、それ自体が一つのマチなのだ。おおかたの買い物、飲食は駅のエリアで終了。みるまに駅前の商店街がシャッター街と化していく。いまや全国で、なんとも異様な都市の変貌が進行している。

 それでも電車に乗っていて、レールと車輪の軋む音を耳にすると胸がおどる。屈曲の多い線路のときにおなじみの音で、駅に着くシグナルなのだ。そこにはひっそりと、土地のランドマークのような建物があった。駅舎がメディアとしての役まわりを終えてから、いそいそとカメラを向けることもなくなった。

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